「ウェブ進化論」の梅田望夫氏に麻布の蕎麦屋で聞いた話(ロングインタビュー)

My Life Between Silicon Valley and Japan「ウェブ進化論」の梅田望夫氏に麻布の蕎麦屋で聞いた話(ロングインタビュー)を読んだ。
梅田望夫氏の「ウェブ進化論」という本に関するインタビューについての記事である。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる 梅田 望夫 (著)

とある人からこの本を紹介されて、一応、読んだ。

まぁぶっちゃけて言えば、いまいちだった。以前から、梅田氏のWebの文章を数多くチェックしていた俺としては、Webの文章にでている内容の繰り返しというか、Webの文章をまとめただけであったからである。

「『ウェブ進化論』」の内容について、「当たり前」で「特に目新しいものがない」という発言やブログがある。IT業界の最先端で仕事をし、「新しいこと」ばかりを追いかけている人たち。その人たちの多くは、自分たちの価値観や自分たちが情報発信している内容について、多くの人が理解できない、という現実に気づいていない」

まさに、この状態。ということで、一応僕は、「あちら側」が見えているということで、喜んでいいようである。

確かに、理解してもらえないもどかしさというのは、過去に何度も経験した。一番最初の経験は、パソコンやゲームが面白くてしょうがない、ぢ少年とその親父である。うちの親父にとって、僕がパソコンにのめりこんでいることはまったく理解できなかったと思う。まぁ大人の考えていることと、子供の考えていることは違うので、そんなもんであると言ってしまえばそんなもんではあるが。。。

おいらは、大学の卒業研究で、詰め将棋を並列コンピュータで解くアルゴリズムを開発していた。大学卒業に際しては、大学に泊り込みでプログラムを書いたりもした。この話を両親にすると、「2年も浪人してやっとの思いで大学に入ったと思ったら、学校でゲームやって卒業した。大学で泊り込んでまで遊んでた。」と嘆いたのを覚えている。
大学の卒業研究の内容を詳しく説明しても、両親にわかってもらえないし、何がどう凄いのかを説明しても「ゲーム」というひとくくりで考えられてしまって、どうにもこうにも困り果てた。

僕は明後日にアメリカに帰るんだけど、アメリカに帰るというより、ネットに帰るみたいな感じがあるんですよね。そのぐらい向こうではネットの世界に住んでいるから。

これもちょっと気持ちがわかるかもしれない。
アメリカにいる間は当然だけど、プログラマとして、パソコンの前に噛り付いている。プログラムを書くときはもちろん、ドキュメントを書いたり、E-Mailを書いたり、Webで調べ物をしたり。オフィスにいる間のほとんど、ミーティングで席を外すとき以外はほとんど、パソコンの前にいる。家に帰ってからも同様である。パソコンでテレビを見て、Blogを更新して、などなど、ほとんどパソコンの前で生活している。
日本に出張することがあるけど、実は、日本出張の間ってあんまりパソコンを触らないのである。もちろん、E-Mailのチェックをするために、ラップトップを出張に持っていくわけだが、日本出張の間は大抵、E-Mailでは解決できないから会議が用意されていたり、客先に挨拶に行ったりということで、あんまりPCを触らない。
ということで、日本からアメリカに帰るときは、パソコンの前に帰るんだという感じがある。まぁ梅田氏はネットの世界に帰るという感覚なので、僕の感覚とはちょっと違うけど。

それは2つ理由があって、1つは、かつては日本の会社が若かった。

これは僕とはちょっと感覚が違う。かつては。ではない。若い会社においてはやっぱり今でも好き勝手やっている気がする。なんとなくだけど、若い会社において、こうゆう経営スタイルがいいんですよ。という洗脳が、市場がやっているのか、投資家がやっているのか、社会全体の雰囲気がそうなのか、それとも顧客がそうゆうものをもとめているのか、日本の若い会社が、若い会社の癖になんとなく、ジジくさいやり方を「これが会社が成長するということだ」とかなんとか言って、よしとしている気がする。
まぁ顧客がそうゆうものを求めているのか、それともそうゆう顧客からだと、金をひっぱりやすいんで、そうゆうところに若い会社が群がるのか。そんなこんななんだろうな。

「Google」というのはあちら側の物づくりをやっているんですよ。サービスなんだけど、サービスを追究するための物というのをつくらなきゃいけない。

別にGoogleだけじゃなくて、ソフトウエア産業は製造業ですよ。日本はソフトウエア産業はサービス業ですけどね。ぶっちゃけて言えば、日本ではソフトウエアをあまり製造してないですから。どちらかというと、サービス業に特化して、顧客の要望にあわせて、既に製造された既製品をカスタマイズするとか調整するのがお仕事ですから。
このあたり、日本でこそ、ソフトウエアファクトリという概念が出てきそうなんだけど、やっぱりそうゆう概念はアメリカで出てきちゃうんだよね。どちらかというと、日本のソフトウエア産業は、製造業じゃなくて、土木建築業に近いんで。。。

若かったんですよ。当時活躍した方にお話を聞くと、30代半ばで自社の技術の方向とか、上は全然分からなくて勝手にやっていいと言われていたから、全部決めていたし、どういう工場にするのか、どういう技術で製品を作るのかも全部自分たちで決めていたと。というのが70年代後半から日本が電子立国をつくったときのリアリティだよね。

スタートアップの企業ってどこもそんな感じなんじゃないかしら。誰も何も決めてくれないんで、なんでも自分で決める。それこそ、顧客を誰にするかってのすら自分で決めなきゃいけない。んでも、そうゆうのを全部自分で決めるからこそ、そのあたりの面白さもあるし、いろいろアイデアもあるし、バイタリティも沸いてくる。
まぁエンジニアがなんでそんなことまでせにゃならんのよ、って思うことは多々あるけれども、んでも、自分の責任においていろいろ試せるのは面白い。顧客がこういっているから、そうするべきだ。とか、上司がそういっているから、そうするべきだというのは、一旦言われてしまえば、もちろん逆らってこっちの方がいいって言うこともできるけど、やっぱりその指示に従っちゃったほうが、責任もないし、気楽でいいよねぇ。

Googleというのはもともとギークとスーツが対決を続けている会社なんですよ。

日本ってギークの身分低いよねぇ。スーツが金を稼いでる。スーツがいるからギークが生きているみたいな、スーツが無駄に威張っているというか。まぁそんな社会はおいらは嫌いなので、スーツはスーツだけで、好きにやってください。ギークと仲良くする気のあるスーツ以外は興味ないです。

それはさておき、最近、そうそう、丁度ウェブ進化論が書店に並んだころから、Googleの株価の上昇が落ち着いているというのが非常に気になる。ネットの世界では既に次のステージが始まろうとしてるんでしょうね。

おいらも35歳。そろそろギークとスーツの間でジタバタしている今日この頃。おいらは、ギークのままでいたいなぁ。

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