海外研修日記

実は私、日本で働いているときに、海外研修と題してLAの大学に2ヶ月間派遣されていたことがあります。そのときの日記が見つかりました。


日本で働いていた企業にしてみれば、会社に対する忠誠心を高めるのが目的だったようで、わたしゃそんなことは関係ない、2ヶ月も思いっきりアメリカ生活を楽しんでやるとばかりに、はしゃぎまくっております。
1998年当時日本の企業で働いていた私は、ある日上司から「おまえらのチーム3人、アメリカ研修に応募しろ」と宣告されたのがきっかけでした。いつの間にかわたしのTOIECの点数は700点に捏造され、役員面接もまぁなんだかよくわからないうちに決行され、派遣が決定されたのでした。実は、大学に2ヶ月派遣されることが決まったにもかかわらず、現在進行形のプロジェクトの納期は固定されたままだったために、アメリカの大学に来て、授業もそっちのけで、プログラム作成の仕事をやっていたのでした。
アメリカにくるまでは、アメリカなんてなんぼのもんじゃい。と思っていたのですが、環境のよさ、給料の高さ(当時アメリカはITバブルにさしかかったところ)に魅了され、研修の後半には、大学も適当、実は仕事も適当で、既に転職のことを考えていたのでした。よって最後のほうは、記録に残っていません。(遊び歩くのに忙しすぎたという一説もあるが。。)
あの研修が無ければ俺はアメリカで働こうなんてあほなことは実行しなかったかもしれません。(いや、当時からあほは変わらんので、結局アメリカに転職してたかもしれない。)
この研修の後、英語の履歴書をWebに掲載し、転職活動を開始しました。アメリカの企業の関係者がこの日記を見つけて、メールを書いてくれたことにより、アメリカで働くことが決まったという、日記です。
当時その人に「アメリカ生活にあこがれる、馬鹿さ加減がよかった。」といわれたことを記憶しています。
当時のままだと、何箇所か固有名詞が出てきているので、多少修正して再アップしました。
今、読み直してみると、まだまだアメリカ生活に驚きと感動があったことが思い出されますし、間違った表現やおかしな言い回し、そりゃあんた違ってるよってなこともいくつか見つけられますが、できるだけ当時のまま、固有名詞部分だけを修正してあります。
よかったら、読んでみてください。
おらが現在の生活へ脱落していく第一歩が記されています。
右下の保存庫からもたどることができます。

LA Report 1998

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