続 エンジニアのリスク

9月28日に書いた僕のエントリ「エンジニアのリスク」にコメントとトラックバックを頂いたので、それらに関して思うことを書く。これは、[梅田望夫・英語で読むITトレンド]ある日本のベンチャー経営者の本音からの流れの話である。


まず、おおもととなる、梅田氏の旧知の友人K氏の発言。

「もちろんIPOは素晴らしいとか、そういうことは日本のエンジニアも皆、理解しているんです。でもそれをカネに還元して考えない。充実感とちょっとのボーナスでいい。その代わり、リスクは社長が全部とってくれと。俺たちにはわからないから。そういう感じなんだな。これは日米の両方を経験してみないとなかなかわからない違いでした」

そして、nh氏のコメント

近い将来さくっと倒産するかも知れないような会社で働くリスク

日陰猫Joga氏が書く狂猫blogのTB 「続・「エンジニアのリスク」」もnh氏とほぼ同様の意見である。

「俺たちはこの出来立ての会社で働く。会社が悪くなったらレイオフされるかもしれないし、会社が潰れるかもしれない。そのことは承知の上だ。だけど、会社が成功してIPOができたら金持ちになれる。だからここで働く。給料は少なくてもいい。その代わり、株かストックオプションたくさんよこせ。」

どちらも、「倒産するかもしれない会社で働くリスク」を取ったんだから、その分報酬をくれ。という意見である。
なんとなくK氏の言っている内容とずれている気がする。
というのは、K氏の言う「エンジニア」は、K氏の会社の従業員の「エンジニア」も含まれているからである。
K氏はベンチャーの経営者であり、そこでエンジニアを雇っていると思われる。そこのエンジニアは、K氏のベンチャーで働くこと、すなわち、「倒産するかもしれない会社で働くリスク」を既にとっているのである。
にもかかわらず、K氏は「エンジニアが{リスクは社長が全部とってくれ}と言う」と言っている。すなわちエンジニアは「リスクは社長が取るもの」と言っているのである。
これには二つの意味が想像される。
ひとつめ
「倒産するかもしれない会社で働くリスク」は、K氏にとってはリスクでもなんでもないと考えている。K氏にとってはそんなリスクはとるに足らないリスクであって、もっと大きなリスクをエンジニアに期待しているという意味である。
ふたつめは
本来エンジニアがとるべき「倒産するかもしれない会社で働くリスク」を、社長に取らせようとする。すなわち、エンジニアは「会社が倒産するのは社長のリスクであって、俺のリスクじゃない。俺が路頭に迷うのは社長のリスクだ。」と言っていることになる。
これはちょっとややこしい。おそらくこうゆうことだ。
社長が「会社を倒産させないため」に、あることをやろうとする。エンジニアは「会社を倒産させないため」にやることは、社長のリスクであるので、エンジニアは引き受けたがらない。
先日僕が書いたエントリ「エンジニアのリスク」の例にそって言えば、
社長が「会社を倒産させないため」に、本来10ヶ月のプロジェクトを9ヶ月でやりたいと考える。エンジニアは「会社を倒産させないため」に、本来10ヶ月のプロジェクトを9ヶ月でやりたいと考えるのは社長のリスクであるので、エンジニアは引き受けたがらない。
ということになる。エンジニアから見れば、一見、無茶苦茶な論理に見えるが経営側の気持ちを考えれば、想像はできる。
ふたつめのリスクは「会社を倒産させないため」のリスクであり、「会社を成長させるため」のリスクではない。「会社を倒産させないため」のリスクは、スモールビジネスも、ベンチャーも両方に存在するリスクである。
しかし、K氏はベンチャーをやっている。成長するには、よりおおきなリスクを必要とする。より大きなリスクをとるからベンチャーである。おそらくK氏は、ふたつめの「倒産させないため」のリスク以上に、ひとつめの「会社を成長させるため」のより大きなリスクをエンジニアに期待しているのだと思う。
これらのリスクの先には「自分が路頭に迷う」という結果が待っているかもしれない。その原因が経営側にあるのだ、と考えるのは「リスクは社長がとるもの」という言葉に繋がる。エンジニアはリスクをとっていない。
エンジニアとして、「倒産するかもしれない会社で働く」だけでなく、「倒産するかもしれない会社で何ができるのか」が問われている。
そしてその答えこそが、エンジニアが取るリスクであると思う。
で、僕の疑問点は、「倒産させないため」のリスクや、「会社を成長させるため」のリスクをエンジニアが取る際、すなわち「倒産するかもしれない会社で何ができるのか」を考える場合、どうしても「デスマーチ」に繋がってしまうという点である。
日陰猫Joga氏は書く。

「10ヶ月でできる」という見積もりが出てきたら、大概の経営者は「10ヶ月だな」と思うだろう。9ヶ月でできたらうれしいけど、9ヶ月でやれ、とは言わない。そんな危ないリスクは取れないからだ。

多分、K氏だけでなく一般的なベンチャーの経営者なら、このリスクを取ことを考える。もちろん、そのリスクに見合ったメリット、成長だったり収益だったりが必要であるが、成長が見込めるなど十分なメリットが見えるなら、その成長のためにこのリスクを取ろうとするだろう。一見無謀とも思える危ないリスクを取るのがベンチャーであるし、そのようなリスクを取らないと成長は無い。
社長がこのリスクを取ったにもかかわらず、エンジニアは「9ヶ月?そりゃ無理ですよ。」と最初からあきらめてしまえば、社長から見て、「エンジニアはリスクを取りたがらない。リスクをすべて社長に取らせようとする。」と感じる。「すぐにあきらめないで、なんとか9ヶ月で終わらせる方法を考えてよ。」と社長は言いたいだろう。で、エンジニアが「9ヶ月でやる方法を模索します。」とリスクを取ると、結局そんな都合のいい方法は見つからなくて、デスマーチに突入する。
ここまで考えて、ふと気がついた点は、
リスクを取る->デスマーチ
に直結してしまっている、僕のエンジニアの能力が、ぜんぜん足りていないのではないかということである。
本来なら
リスクを取る->さまざまな選択肢がある->その選択肢の中から最適なものを組み合わせて解を目指す。
はずなのに、さまざまな選択肢をテーブルにのせられない、テーブルにのせてもうまく評価できないという、僕自身の能力のたらなさを明らかにしているのじゃないだろうか。
もっとも、経営側の方がエンジニアリング側よりも、絶対的に多くの選択肢をテーブルにのせられるかもしれないが。。。
日陰猫Joga氏も

手抜きしたり、デスマーチをやる以外に期間を短縮する方法が無いわけではない。それがCMMだったり、XPだったりする。要するに「プロセスを改善する」と言うことだ。ただ、これらは今日やれば明日から効率がよくなる、という話ではないし、それにどちらかというと経営判断にかかわるような話だ。

と言っている。ごもっともである。
僕自身、さまざまな「プロセスの改善方法」を検討し、その中から最適なものを選び出すだけでなく、自分でアレンジした「プロセスの改善方法」を編み出して、短い期間で一気にくみ上げていく能力が足らないから、デスマーチに直結させてしまっているだけなのかもしれない。
何にも考えないでデスマーチに突入しているのは、あほである。ぜんぜんリスクを考えてない。
日産のカルロスゴーンは、非常に短い期間で一気にプロセスを改善してしまった。
エンジニアリングの世界でも、非常に短い期間で一気にプロセスを組み替えたという話はいっぱい聞くし、目の前でやられたこともある。
経験の差なのか修行の差なのか、そうゆう方向をもっともっと、自分の中で一生懸命考えなくてはいけないんだろうなと思った。
自分のコントロールできる範囲以上のリスクを負うとパニックになるので、自分のコントロールできる範囲を広げたいし、そしてより大きなリスクをコントロールして、より大きな利益を得たい。そして、より大きなリスクをコントロールするためには、エンジニアとして、「プロセスの改善方法」の引き出しを増やしておくというのがひとつの手である。
うーん。奥が深いぞ。。。
それにしても、やっぱり一人で考えているんじゃなくて、nh氏や日陰猫Joga氏の意見を読んだりすると、より深く考えることができます。これがBlogのすごいところなんだろうな。
nh氏や日陰猫Joga氏の両氏に感謝するとともに、これからもいろいろご教授ください。
また、これを読んでいる人たちも、ご意見をもっともっといろいろ教えてください。
とっても勉強になるなぁ。。。
まだまだおいらの修行は足らないようで。。。

「続 エンジニアのリスク」への4件のフィードバック

  1. 実は、K氏の会社で働いているエンジニアは、倒産するかもしれない会社で働くというリスクは取っていません。状況としては取っているのに、彼らは取っていないつもりなのです。だから、対価、すなわち高給やストックオプションを声高に要求しないのです。ただの小さくて新しい会社の(狭義の)サラリーマンのつもりなのです。ベイエリアのスタートアップには(狭義の)サラリーマンなんて人種はいないでしょう。だいたいスタートアップでサラリーマンなんてありえないんですけど、日本ではどこもかしこもサラリーマンだらけってのがK氏のポイントだと思います。

  2. nhさんへ
    コメントありがとうございます。
    そうなんです。状況としてはそうなっているのだけれど、リスクを取っていない。だからといって、要求していればリスクを取っていることになるかといえば、なりません。サラリーマンが要求ばっかりするのは、大きな間違いです。
    具体的にリスクを取っているとは、どのような状態を指しているのかが、僕にはよくわからないんです。
    僕の中で考えていくと、リスクを取っている状態が、デスマーチをやっている状態に直結していってしまうわけです。
    おいら、あほなんかな。

  3. まだ続く「エンジニアのリスク」

    こないだの「エンジニアのリスク」のさらに続き。作者の「ぢ」さん(←合ってる?)が続きを書いてくれてるので、その感想っぽいもの。 まずはちょっと引用。 社長が「会社を倒産さ…

  4. はじめまして。梅田氏のコラムからトラックバックで来ました。ご参考になるかどうか、若輩者ですが経営者としての意見を。。。
    以前のエントリーで、株のところに書いてらっしゃるのは、かなり本質的です。まさにそういう感じ。「リスク=損失」ではなく「リスク=ぶれ幅」ですよね。
    経営者のリスクというのは、創業資金1,000万円(自分のお金)を使い切った上に個人補償の借金が残ってしまうというリスク。これはリターンがマイナス何百%にもなりえる、という大きなリスクなんです。
    従業員の場合は、場合分けがあります。
    きまった金額の給料を貰っている場合、倒産がリスクですね。リスクにはアップサイド、ダウンサイドあるので、分けて書くと+0%-100%と。nhさんの書かれているとおり。
    ただ、経営者と従業員でリスクを分担しましょうという話になった場合は、これが変わってくる。具体的には給料の柔軟性(ぶれ幅=リスク)が増えると。倒産は抜きにしても、です。
    例えば年俸300万で昇級無しだった人が、「業績連動で社長と運命をともにしたい」というベンチャー精神を発揮してリスクを取るというケース。年俸250万円+業績連動ボーナス(0~150万)となると、どうでしょう?
    成果を(←自分ひとりについてではなく会社全体の業績として)出すことが出来なければ250万円でマイナス50万円、でもうまくいけばプラス100万円。
    という感じですね。シリコンバレーのVBで一般的な「ストックオプション」というのはまさにそういう制度です。「上場したら数千万から億の金額になるから、とりあえず年俸300万でお願い(前職で700万だった人に)」みたいな仕組みです。700万がマイナス400万になるか(ダウンサイドリスク)、プラス数千万になるか(アップサイドリスク)ということですね。
    なおリスクとリターンのフェアなバランスに注意しないと騙されてしまう場合も。。。ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンが基本ですよね。年俸300万が250万±50万(業績連動)となると、「やった~がんばれば350万だ」というのは確かにそうですがリスクが増えてリターンが変わってない(確率分布どうなんだという話なので厳密には言い切れませんがね)ので、やはりリスクを取った以上は±50万では足りなくて-50万~+70万くらいの幅(期待リターンが上がっている)になってないとねー、というのは意識しておいた方が良いですよね。
    ちなみにリスクとリターンの感覚としては、これなんかちょうど良い例かもしれませんねー。
    http://zerobase.jp/blog/entry-164
    なんかご参考になりましたでしょうか?
    通りすがりで失礼致しました。では。

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